【スティーブ・ジョブズの名言・格言】

これは私の大好きな言葉です。

 

 

 

仏教には「初心」という言葉があるそうです。

初心をもっているのは、

すばらしいことだ。

 

墓場で一番の金持ちになることは

私には重要ではない。

夜眠るとき、

我々は素晴らしいことをしたと言えること、

それが重要だ。

 

 

あなたの時間は限られている。

だから他人の人生を生きたりして

無駄に過ごしてはいけない。

ドグマ(教義、常識、既存の理論)にとらわれるな。

それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。

他人の意見が雑音のようにあなたの内面の声を

かき消したりすることのないようにしなさい。

そして最も重要なのは、

自分の心と直感を信じる勇気を持ちなさい。

それはどういうわけか

あなたが本当になりたいものを

すでによく知っているのだから。

それ以外のことは、

全部二の次の意味しかない。

 

【スティーブ・ジョブズ】

生涯

1955年、シリア人政治学者の父と米国人大学院生ジョアンとの間に生まれる。ジョアンの父が二人の結婚を認めず、誕生以前から養子に出すことが決められ、スティーブはジョブズ夫妻に引き取られる。その後、生母と再会するのは、30歳のときであり、自分に妹がいることも知る。

13歳のときに、憧れのヒューレット・パッカード(HP)社のビル・ヒューレットの自宅に電話。ジョブズが部品をくださいと言うと、ビルは部品をくれたばかりか、夏休みのアルバイトにも誘ってくれた。ジョブズが高校生のとき、HP社の夏季インターンシップでスティーブ・ウォズニアック(ウォズ)と出会い、すぐに意気投合。

1972年、オレゴン州のリード大学へ進学。大学時代は、ユダヤ・キリスト・イスラム・アニミズム思想・坐禅・食事に心酔し、裸足で校内を歩き、風呂に入らない時期もあった。大学には、半年間通ったが、興味のない必修科目を履修することを嫌がり、「両親が一生をかけて貯めた学費を意味のない教育に使うのに罪悪感を抱いた」と中退。その後もキャンパスを放浪し、コーラの空き瓶拾いや電子装置の修理で稼ぎながら、哲学など興味のあるクラスだけを聴講した。

その後、導師を求めてインドを訪れたいと考えたジョブズは、旅費を捻出するために仕事を探し、1974年にアタリ社を訪問。「雇ってくれるまで帰らない」と宣言し、創業者に気に入られ、下級エンジニアとして採用される。

1975年、世界初の個人向けコンピュータ(アルテア8800)が発売され、人気を博していた。ウォズは、より安く、簡易な回路のコンピュータを作ることができると考え、半年で開発。HP社に商品化を持ち掛けるも断られたため、二人は自分たちで売り出すことを決意。製造したコンピュータをアップルと名付け、1976年、Apple Iの販売を開始する。

1977年に発売したApple Ⅱは、大ヒット。アップル社はシリコンバレーを代表する企業に成長。1980年に株式公開を果たし、ジョブズは2億ドルを超える資産を手にした。

1984年、Macintoshの発売を開始。しかし、ジョブズは需要予測を大幅に誤り、初めての赤字を計上。1983年にCEOに就任したジョン・スカリー(元ペプシコーラ社長)は、経営を混乱させているのはジョブズであると考え、Macintosh部門からジョブズを解任することを取締役会に要求。ジョブズもスカリーの追放を画策するも、1985年の取締役会でジョブズは会長職以外、すべての仕事を剥奪される。

同年、ジョブズは所有していたアップル社の株をすべて売却。アップル退職後には、オペレーティングシステム(OS)の開発(NeXT社)やピクサー・アニメーション・スタジオの設立などを行なう。

1996年、自社内でのOS開発が暗礁に乗り上げていたアップル社がジョブズのNeXT社を買収することで合意。ジョブズはアップルに非常勤顧問として復帰。買収代金として、150万株の株式を譲渡される。ジョブズは、筆頭株主として役員たちに辞任を迫り、経営陣のほとんどが辞任。

2000年にアップル社のCEOに就任。2001年、NeXTとアップル社の技術を融合させたMac OS Xを発売。また同年、iTunesとiPodによって音楽事業に参入。事業の柱に育てる。2007年には、iPhoneを発表。ジョブズが引退するまでにスマートフォン事業は、総売上高の5割を占めるまでに成長。

2003年、ジョブズは膵臓癌と診断されるが、手術を受けることを頑なに拒否。絶対菜食、ハリ治療、ハーブ療法、心霊治療などの療法を用いて完治を図る。しかし、その後の検査で癌が大きくなっていることがわかり摘出手術を受ける。2008年、肝臓への癌の転移が判明。容態は深刻な状況となり、CEOを休職。肝臓移植後、一旦体調は回復するも2011年に癌が再発。

2011年8月にジョブズは、CEOを辞任。同年10月に自宅で56歳の生涯を閉じた。長年ライバル関係であり、30年来の良き友人でもあったビル・ゲイツは、「スティーブのように深い影響力を与えられる人間は、めったにいない。その影響はこれからの多くの世代にも受け継がれるだろう」とその死を惜しんだ。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

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